フェルメール《真珠の耳飾りの少女》:来日展と名画の魅力を読み解く

ヨハネス・フェルメール(Johannes Vermeer)作《真珠の耳飾りの少女》は、17世紀オランダ絵画の黄金時代を代表する名作で、「北のモナ・リザ」「オランダのモナ・リザ」とも称される神秘的な魅力を放つ肖像画です。2026年夏には本作が約14年ぶりに日本で展示されることとなり、大きな注目を集めています。本記事では、来日展の概要から絵画の特徴、他の代表作との比較、技法や時代背景、そして作品に映し出された当時の姿まで、《真珠の耳飾りの少女》の魅力を読み解いていきます。

目次

来日展の概要

2026年に開催が予定されている《真珠の耳飾りの少女》の来日展について、基本情報を押さえておきましょう。今回の展覧会は、大阪中之島美術館で2026年8月21日(金)から9月27日(日)まで開催される予定です。会場は大阪のみで他地域への巡回はなく、会期はわずか38日間と限られています。主催は大阪中之島美術館と朝日新聞社、朝日放送テレビで、展覧会の詳細タイトルや出展作品リストは2026年2月下旬に発表予定となっています。

本作《真珠の耳飾りの少女》が日本で公開されるのは2012~2013年に東京と神戸で開催された「マウリッツハイス美術館展」(約120万人を動員)以来、実に14年ぶり4度目のことです。現在この名画を所蔵するオランダ・ハーグのマウリッツハイス美術館は、「作品は基本的に館外に貸し出さない」という方針をとっているため、今回の来日は同館が改修休館となる特別な機会によって実現しました。

マウリッツハイス美術館のマルティネ・ゴッセリンク館長も「この《少女》の旅は日本の皆さまに彼女を送り届けられるおそらく最後の特別な機会です」とコメントしており、「この貴重な機会をどうぞお見逃しなく!」と呼びかけています。

《真珠の耳飾りの少女》の特徴

《真珠の耳飾りの少女》は、暗い背景の中に青と黄のターバンを巻いた少女がこちらを振り向く姿を描いたシンプルながら印象的な作品です。画面には室内の調度品や具体的な物語性は描かれず、少女の表情と身に着けたものに全ての焦点が当てられています。青いターバンの鮮やかな色彩がまず目を引きますが、この青はラピスラズリという貴重な鉱石から作られた高価な顔料(ウルトラマリン)で描かれており、当時は金よりも高価だったといいます。

フェルメールはこの深い青色を好んで多用したため、「フェルメール・ブルー」とも呼ばれるほどで、本作のターバンにも贅沢に使われています。対照的に少女の上着は黄土色のような柔らかな色調で描かれ、青との補色関係が互いを際立たせています。

少女はわずかに口を開き、潤んだ瞳でこちらを見つめています。その瞳や唇、そして耳元で静かに輝く大きな真珠のイヤリングにフェルメール独特の光の表現が凝縮されています。柔らかな光が斜め上から差し込み、少女の頬や鼻筋を優しく照らし出す一方、背景は漆黒に沈んでいるため、人物がまるで浮かび上がるような効果を生んでいます。

耳飾りの真珠は輪郭線を描かずハイライト(白い点)だけで質感を表現しており、光沢のある球体が立体的に感じられる描写です。このように抑制された光と影のコントラストや、少女の視線が生む静かな緊張感によって、鑑賞者は思わずこの絵の中の少女と視線を交わし、引き込まれるような感覚を味わいます。「真珠の耳飾りの少女」がしばしば「見る者を捉えて離さない」と形容されるゆえんは、まさにこの光と視線の魔術にあると言えるでしょう。

他の代表作との比較

フェルメールの作品は現存わずか30数点とされますが、その中には本作のほかにも世界的に有名な傑作がいくつもあります。中でも《牛乳を注ぐ女》(アムステルダム国立美術館所蔵)と《デルフトの眺望》(マウリッツハイス美術館所蔵)は、《真珠の耳飾りの少女》と並んでフェルメールを代表する作品として知られています。

《牛乳を注ぐ女》(1658年頃)は、台所で女中が壺から牛乳を器に注ぐ場面を描いた作品で、フェルメールの最も有名な絵画の一つです。豪華な衣装の貴婦人ではなく質素な台所仕事に従事する女中を描いている点で、フェルメールの他の作品(手紙を読む女や楽器を奏でる女など)とは異色ですが、日常の一場面をここまで静謐かつ崇高に描き出した点が高く評価されています。
 窓から差し込む自然光が室内を満たし、女中やテーブル上のパン、陶器の壺などを照らし出す描写は非常に写実的で、牛乳が静かに流れ落ちる様子からは音さえ聞こえてきそうです。フェルメールは本作でも青色の顔料(ウルトラマリン)を女中のエプロン部分に惜しみなく使い、他の画家にはない澄んだ発色を実現しています。「光の画家」フェルメールの真骨頂が発揮されたこの《牛乳を注ぐ女》は、オランダ絵画史上でも特に人気の高い風俗画(ジャンル・ペインティング)です。

《デルフトの眺望》(1660–61年頃)は、フェルメールが故郷デルフトの街を描いた希少な風景画で、オランダ黄金時代における最も有名な都市景観画の一つと評されています。フェルメール作品の中で最大のカンヴァスに描かれた本作は、運河越しに見たデルフトの町並みと空を覆う雲、そして水面に映る建物の影など、風景描写の巧みさが際立つ傑作です。
 市井の人々の姿はわずかしか描かれておらず、静かな早朝の光に照らされた街並みがしっとりと表現されています。フェルメールは実際の建物の配置を多少変えてでも構図の調和を優先しており、遠景に陽光が当たるように演出することで奥行きと明暗のドラマを生み出しています。作家プルーストが「世界で最も美しい絵の一つ」と絶賛した逸話もあり(小説『失われた時を求めて』に言及)、現在でもマウリッツハイス美術館の至宝として多くの人々を魅了し続けています。

これら《牛乳を注ぐ女》《デルフトの眺望》と比較すると、《真珠の耳飾りの少女》は特定の場所や日常の出来事を描いた作品ではなく、モデルとなった少女も架空の人物だと考えられています。いわゆる「トローニー(想像上の人物画)」のジャンルに属する本作は、一人の女性の表情や光の効果、美しい色彩に焦点を絞った作品で、物語性よりも絵画そのものの神秘的な魅力が前面に出ています。その意味で、フェルメール作品の中でも異彩を放つ存在ですが、限られた要素の中にこれほど豊かな情感と美をたたえた本作は、やはり《牛乳を注ぐ女》《デルフトの眺望》と並んでフェルメールの最高傑作の一つと称えられるにふさわしいでしょう。

技法と時代背景

フェルメールは1632年生まれで、レンブラントやフランス・ハルスらと同時代に活躍した17世紀オランダ黄金時代の巨匠です。当時のオランダはプロテスタント国家として独立し、貿易や科学が飛躍的に発展した時期で、美術の分野でも宗教画に代わって世俗的な絵画が隆盛しました。

市民階級が美術品の主な顧客となり、家庭を飾る比較的小型の絵画が多く制作・流通したのもこの時代の特徴です。そうした中で、フェルメールは静物画や風景画、風俗画(室内での日常生活の情景)といったジャンルを手掛けつつ、独自の静謐な光の描写で他の画家と一線を画しました。フェルメール作品の多くは室内で女性が手紙を書いたり読んだり、リュートを調弦したりといった日常の一コマを描いており、その穏やかな場面を差し込む光の美しさや空間表現が「写実の極致」と称えられています。

技法面で特筆すべきは、フェルメールが描写の正確さや光の効果を追求する中でカメラ・オブスクラ(暗箱)と呼ばれる光学装置を利用していた可能性が高いことです。カメラ・オブスクラとは、箱に開けた小さな穴やレンズを通して外の風景を内部のスクリーンに投影する原始的な映写装置で、17世紀当時すでに画家たちに知られていました。

多くの画家は遠近法の確認などにこの装置を用いたとされますが、フェルメールは投影像を実際の下絵制作に活かしていた可能性があります。事実、彼の絵にはカメラ・オブスクラを通して見た像の特徴が指摘されています。例えばピントの合っていない部分の光点が小さな円や点として表れる現象を、そのまま絵画に取り入れているのです。《真珠の耳飾りの少女》でも、瞳や真珠のハイライトに微細な白い点(光の反射)が描かれていますが、これはレンズを通した映像に倣った表現だと考えられます。

こうした観察眼と技術によって、フェルメールは肉眼で見る現実とは一味違う、しかし写真のようにリアルな光の効果をキャンバス上に再現しました。加えて、フェルメールは絵具の使い方にも工夫を凝らし、光の当たる部分には細かな点描(ポワンティエ)でキラキラとした質感を出し、質感表現によって立体感を高める厚塗り(インパスト)も部分的に用いるなど、多彩なテクニックで絵画空間に奥行きとリアリティを与えています。

色彩に関しても、フェルメールが当時としては非常に高価な顔料を惜しみなく使っていた点は興味深いです。先述したラピスラズリ由来のウルトラマリン・ブルーが好例で、フェルメールは《牛乳を注ぐ女》をはじめ複数の作品でこの青を贅沢に使用しています。当時は多くの画家が安価なアズライト(青銅鉱)から作る顔料で青色を表現していた中、あえてウルトラマリンを多用したことから、「フェルメールの作品は際立って鮮やかだ」と同時代の画家と比較する評価もあります。こうした技法的探求とこだわりが、フェルメール作品の唯一無二の透明感と輝きを生み出しているのです。

時代を象徴する描写

《真珠の耳飾りの少女》には、17世紀という時代背景や社会的な要素がさりげなく反映されています。まず目を引くのは少女の装いです。彼女が頭に巻いているターバンは、当時のヨーロッパ(日常のオランダ市民)にとって一般的な服装ではなく、非常に異国風な出で立ちでした。17世紀のヨーロッパではオスマン帝国(トルコ)の台頭に脅威を感じつつも、そのエキゾチックな文化や東洋の工芸品に対する憧れが広がりを見せていました。絵画や工芸の分野でも、東洋風の衣装やトルコの絨毯、磁器などがモチーフに取り入れられることが多くなります。

本作の少女のターバンも、そうした異国趣味を象徴するものと考えられます。フェルメールは実際に東洋の衣装をモデルに用意したのか想像で描いたのか定かではありませんが、観る者に強い印象を与える青いターバンは、この時代ならではのグローバルな文化交流の産物と言えるでしょう。

また、少女の耳に揺れる大粒の真珠の耳飾りも、当時の富と交易を物語るアイテムです。真珠は17世紀当時、非常に高価かつ人気の宝飾品でした。オランダは東インド会社による海外交易によって香辛料や絹織物だけでなく、真珠や宝石といった贅沢品ももたらしていました。少女がつけているような大きな真珠のイヤリングは庶民には手が届かない代物であり、当時の上流階級のステータスや憧れを反映しています。もっとも、この絵の真珠そのものについては、サイズが不自然に大きいため「実はガラス玉ではないか」「画家の創作上の誇張ではないか」といった説もあります。

しかし重要なのは、フェルメールがこの真珠の質感を見事に描き出すことで、17世紀オランダの豊かさと美意識を象徴的に表現している点でしょう。光源からの強いハイライトと襟元からの反射光を描き分けることで真珠の丸みと輝きを表現した手腕には、当時花開いた光学や絵画技術の粋が感じられます。

さらに広い視点で見ると、フェルメールの作品全般には時代を映す描写が随所に見られます。例えば他の室内画では、壁に掛かった地図天秤リュートなどの小道具が描かれ、当時の人々の生活や価値観を示唆しています。地図は大航海時代の誇り高き地理的関心を、楽器は娯楽や教養を、それぞれ象徴するアイテムでした。フェルメール自身、故郷デルフトの地図を作品に描き込んだり、科学者(《地理学者》)や音楽を楽しむ女性たちを題材にしたりしており、17世紀オランダ社会の一断面を作品内に織り込んでいます。

対して《真珠の耳飾りの少女》は前述のように背景がほとんど描かれず道具類も登場しませんが、そのぶん少女という存在そのものが当時の文化的な空気を象徴しています。異国情緒あふれる衣装と高価な真珠――それらは17世紀オランダの豊かな国際性と物質的繁栄、そして人々の好奇心を体現していると言えるでしょう。本作が時代や国境を超えて多くの人々を惹きつけるのは、こうした普遍的な人間の魅力(美しいもの・未知のものへの憧れ)を時代性と共に描き出しているからかもしれません。

まとめ

フェルメールの《真珠の耳飾りの少女》は、その絵画的魅力だけでなく背景にある物語や時代性を知ることで、さらに深い感動を与えてくれる作品です。約350年前のオランダで生まれ、長い時を経て現代に受け継がれたこの傑作を、日本で直に鑑賞できる機会は極めて貴重です。光の魔術師フェルメールがキャンバスに封じ込めた一瞬の輝きを、ぜひ来日展の会場で体験してみてください。この奇跡の来日を見逃すことなく、フェルメールの世界に浸るひとときを楽しんでいただければと思います。

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この記事を書いた人

理系国立大学生のYuuKishiです!将来のためブログを通して、マーケティングやライティング技術を学んでいます。

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