はじめに
「言の葉の庭」は、新海誠監督の作品の中でも特に繊細な心理描写と美しい映像が際立つ作品です。
今回は、そんな「言の葉の庭」がどんな作品なのか、新海誠作品の中での位置づけ、そして作風の特徴について深掘りしていきます。
まずは、作品の基本情報から見ていきましょう。
『言の葉の庭』の基本情報
項目 | 詳細 |
---|---|
公開年 | 2013年 |
監督・脚本 | 新海誠 |
制作会社 | コミックス・ウェーブ・フィルム |
上映時間 | 46分 |
主な登場人物 | 秋月孝雄、雪野百香里 |
主題歌 | 秦基博「Rain」 |
舞台 | 東京・新宿御苑 |
テーマ | 孤独、成長、すれ違い |
本作は、新海誠作品の中でも短編に分類されますが、その短さゆえに無駄のない、密度の濃い物語が展開されています。また、「雨」を象徴的に使った演出も本作の大きな特徴の一つです。
では、物語の内容を見ていきましょう。
秋月孝雄の声優は入野自由さん、雪野百香里の声優は花澤香菜さんが担当しています
物語の概要:「雨の庭で出会う二人」
雨の日に始まる出会い
物語の舞台は、新宿御苑。梅雨の時期、雨が降る朝に、高校1年生の秋月孝雄は学校をさぼって公園へと足を運びます。
そこで彼は、一人でベンチに座る謎めいた女性、雪野百香里と出会います。
☔ 二人の特徴
- 秋月孝雄:靴職人を目指す高校生
- 雪野百香里:物静かでどこか影のある年上の女性
最初はただの偶然の出会い。しかし、「雨の日の午前中にだけ公園で会う」という特別な関係が続くうちに、二人は少しずつ心を通わせていきます。
孝雄は雪野さんのために靴を作ることを決意し、雪野さんもまた、孝雄との時間に癒されていきます。しかし、二人の関係には大きな壁がありました。
『言の葉の庭』の魅力とは?
① 圧倒的な映像美 – 「雨」の表現
新海誠作品といえば、その美しい映像が大きな魅力ですよね。
本作でも特にこだわり抜かれているのが「雨」の表現。
💧 雨のシーンのこだわりポイント
- 水たまりに映る空と木々の揺らめき
- 雨粒が濡れた葉に落ちる瞬間の輝き
- 石畳に波紋が広がる様子
これらの描写が、雨の日特有の静けさや情緒をリアルに表現しています。また、雨音の使い方も巧みで、シトシト降る小雨、雷鳴とともに強まる豪雨などが、登場人物の心情とリンクする演出になっています。

② 静かで詩的なストーリー
本作は、登場人物が多くを語る作品ではありません。
むしろ、言葉よりも視線や仕草によって感情が伝えられるシーンが多く、新海誠監督ならではの繊細な心理描写が際立っています。
👞 孝雄の想いが表れるシーン
- 言葉ではなく、靴を作ることでユキノに想いを伝えようとする
- 雨の日にしか会えない二人の微妙な距離感
このように、「言葉では伝えきれない想い」が、本作の重要なテーマの一つとなっています。
③ 愛よりも昔、孤悲の物語
新海誠作品といえば、やはり「すれ違い」。本作もまた、そのテーマが色濃く描かれています。
孝雄は雪野さんに強く惹かれますが、二人の関係は単なる恋愛ではなく、お互いの心を支え合う関係として描かれています。しかし、雪野さんには孝雄が知り得ない秘密があり、それが明かされた瞬間、二人の関係は大きく変わってしまいます。
🎭 クライマックスのシーン
- 孝雄が雪野さんに感情をぶつける
- 雪野さんが自分がどれほど孝雄に救われていたかを悟る
☔ 「雨の始まりと終わり」
- 雨が降ることで始まった二人の関係
- 雨がやんだことで終わりを迎える
しかし、この別れは単なる悲しい結末ではなく、お互いが成長し、新しい未来へと進むためのものだったのです。
「言の葉」というタイトルの意味
「言の葉」がつなぐ二人
本作では、孝雄と雪野さんの関係が言葉によって繋がり、また言葉によって別れるという構造になっています。
「言の葉」とは、古来から日本で使われる表現で、単に「言葉」だけでなく、そこに込められた感情や魂、すなわち「言霊」の概念とも深く関わっております。
- 言葉の力:言葉は人と人とをつなぐ大切なものです。『言の葉の庭』では、孝雄と雪野さんが直接多くを語るのではなく、限られた会話や詠まれる和歌を通じて心を通わせる様子が描かれています。
- 自然との融合:タイトルにある「庭」は、単なる風景の一部ではなく、外界から隔絶された静かな空間として、人々が心の内面と向き合う場所として象徴されます。
- 詩的な表現:新海誠監督は、映像美だけでなく、言葉の選び方にもこだわりを持たれております。「言の葉」はその繊細さと美しさを体現しており、物語全体に詩情を与えています。
作中に登場する和歌の意味は?
『言の葉の庭』において、和歌は作品のテーマを象徴する重要な役割を担っております。実は、作中で引用される和歌は、どちらも『万葉集』巻十一に収められた柿本人麻呂の作品です。
ここでは、引用された二つの和歌について、その意味と物語との関連性を詳しくご説明いたします。
① 万葉集の和歌(その一)
「鳴る神の 少し響みて さし曇り 雨も降らぬか 君を留めむ」
- 意味:「雷が少し響いて、空が曇り、雨も降らないだろうか。あなたをここに留めたいから。」
- 物語との関連:雪野さんがこの和歌を口ずさむ場面は、この和歌を口ずさむことで孝雄が自分のことを古典の教師だと分かるのではないかと考えるとともに、この時間が続くことを願っている雪野先生の心情を表しています。
② 万葉集の和歌(その二)
「鳴る神の 少し響みて 降らずとも 我は留まらむ 妹し留めば」
- 意味:「雷が少し響いて、雨が降らなくても、私は留まろう。あなたが望むのであれば。」
- 物語との関連:この和歌は、孝雄が雪野先生に対して返す言葉としての役割を果たしており、雨の日以外で初めて出会った二人を表しており、彼自身の決意と、雪野先生への深い思いを表現しています。
二つの和歌は、互いに補完しあいながら、二人の関係の「すれ違い」と「別れ」、そして「再生」の象徴となっております。
新海誠監督と文学の影響
新海誠監督は、映像美と繊細なストーリーテリングで多くのファンを魅了されておりますが、その背景には深い文学的影響が存在いたします。
- 言葉の選び方:新海監督は、セリフの量を控えめにし、言葉一つ一つに重みを持たせる手法を取られております。これにより、観る者はただ映像を追うだけでなく、言葉の背後にある意味や感情を感じ取ることができます。
- 古典文学へのリスペクト:本作に引用される和歌は、どちらも柿本人麻呂の作品であり、日本古来の文学が持つ重みや美しさを現代に蘇らせる役割を担っています。こうした古典文学の要素は、新海誠監督の作品全体に流れる「時の流れ」や「人の心の奥底にある孤独」を表現するための重要なエッセンスとなっております。
また、本作の静けさや自然の描写には、現代の作家が描く孤独や切なさと共鳴する部分があり、鑑賞者にとっても深い感動を呼び起こす要因となっております。
村上春樹の影響
新海誠監督は、インタビューで村上春樹の作品に影響を受けたことを公言しており、村上春樹の作品からたびたびセリフが引用されています。
村上春樹は「ノルウェイの森」のタイトルを元々、「雨の中に庭」にしようとしていたそうです
「言の葉の庭」の中にも村上春樹の作品からの引用が存在します。
例えば秋月孝雄が雪野先生が学校の教師であると知った後に出会ったシーンで大雨に振られた時の雪野先生のセリフで
「私たち、泳いで川を渡ってきたみたいね」というセリフがありますが、これは村上春樹の「ノルウェイの森」の中で直子が言ったセリフと同じです。
このような詩的な表現から、雪野先生の語彙力の高さや、この作品ならではの趣が感じられますね。
映画のその後
小説版の「言の葉の庭」では秋月孝雄の母や兄、雪野先生の元カレの佐藤先生などの詳しい心情描写などもあり、雪野先生と孝雄が映画の後どうなったのかも描かれています。
雪野先生は実家がある四国に帰り、そこで一から教師としての人生をスタートしています。
孝雄は母親や先生の反対を押し切って靴製作の本場であるイタリアへと渡り、修行をしています。
そして5年後、、、新宿御苑で待ち合わせをすることに。
二人は離れていてもずっと文通を行い、お互いの近況を報告していました。
孝雄は雪野先生のための靴をもって待ち合わせの新宿御苑へ向かい、雪野先生も緊張しながら茜色の傘をさして向かいます。
そして、2人が出会う、、、というところで小説は終わりです。
メールではなく文通でお互いの近況を報告しあっている所に、この作品の文学らしさが表現されていますよね。
君の名はとの繋がりは?
新海誠監督の大ヒット作品「君の名は」と「言の葉の庭」は実は少しだけつながりがあるんです。
糸守高校の教師として
「君の名は」で三葉が通っている糸守高校の古典の教師として雪ちゃん先生が登場します。古典の教師をしていることや名前、声優からもこの人物が雪野先生であることが推測できますね。
糸守に残る言葉として「カタワレドキ」ができたシーンなので覚えている方も多いのではないでしょうか?
新海誠監督は雪ちゃん先生と雪野先生は同一人物であることに関して、「ご想像にお任せします」とおっしゃっています。
しかし糸守高校の舞台は岐阜であり、雪野先生は地元の愛媛で教師をしているはずなので、細かい時系列は気にせずゲスト登場のような形なんですね。

瀧君のバイト先として
「君の名は」の主人公、瀧君がバイトをしているシーンはかなり有名ですよね。
瀧君のバイト先のレストランの名前は「IL GIARDINO DELLE PAROLE」であり、イタリア語で「言の葉の庭」を意味しているんです。
またモデルとなったのは新宿御苑の近くにある「カフェ ラ・ボエム 新宿御苑」です。

まとめ
本記事では、『言の葉の庭』の映像美、静謐なストーリーテリング、そしてタイトルや和歌に込められた文学的な意味を詳しく解説いたしました。さらに、新海誠監督の作風や他作品との共通点、そして映画では描かれなかった「その後」についても考察し、作品が持つ独自の魅力とテーマ性を浮き彫りにしました。
本記事を見て「言の葉の庭」をさらに楽しめるようになってもらえたら嬉しいです。
言の葉の庭は現在、アマゾンプライムで視聴可能なのでぜひご覧ください。
